最後まで巨人の能力と己のプライドに縛られ続けた不自由な男、エレン・イェーガー(ネタバレあり)

今週のお題「一気読みした漫画」

 

※本記事は進撃の巨人の最終巻までのネタバレを含みます。

 

 PVが公開されたが、冬まで待ちきれず進撃の巨人の最終巻まで一気読みした。

 

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進撃の巨人とは『巨人の能力からも己のプライドからも最後まで自由になることができなかったエレン・イェーガーという男』の話だった。

 

 

 

Ⅰ)エレンを縛る巨人の能力

引き寄せの法則という言葉がある。

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自己啓発的な文脈でよく使われるアレだ。

 

進撃の巨人』の能力は記憶共有である。

私の不確かな理解ではあるが、この記憶共有により、『進撃の巨人』は継承者の欲望を具現化した未来を継承者自身に見せる。見せられた未来は、継承者本人であっても変えることはできず、その未来に引き寄せられる。まさに

ネガティブな思考はネガティブな現実をもたらす

というわけだ。

 

  • 本人が引き寄せた未来は、たとえ本人でも変更できない。

実際にエレンは、マーレに侵入した際に、窃盗を働き、片腕を切り落とされたラムジーを助けている。

そして、未来において、自分が引き起こす地鳴らしによってラムジーを踏み殺す未来が見えていたので、エレンは泣きながら彼に謝罪する。そして、結局そのとおりにラムジーと友人のハリルは踏み殺される。

 

未来が見えているのであれば、自分で変えればよさそうなものだが、どうもこの記憶共有で見せられた未来に対する縛りは相当に強力らしく、本人が意図しない形でも、本人の欲望として実装され、書き換え不可能な性質のものらしい。

 

実際エレンは、最終話でアルミンに「地表のすべてをまっさらな大地にしたかった」理由を聞かれて、以下のように回答している。

…何でかわかんねぇけど…やりたかったんだ…どうしても…

彼は、自分が抱いた「人類を滅ぼしたい」という欲望に縛りつけられ、結局その欲望を変更するという自由を最後まで取り戻す事ができなかった

 

もっとも、エレン自身もなんとか過去を変えることで、未来をを変えようとした形跡はある。

しかし、おそらくはその過程でダイナ巨人を操り、自分の手で母親を捕食させてしまうというさらなる絶望を味わうことになり、過去を変えようとする意志を完全に放棄したと推察する。

 

この点においては、エレンに対して心から同情する。

 

Ⅱ)エレンを縛る己のプライト

  • 人生の取扱説明書

岡田斗司夫氏が考えた『人生の取扱説明書』というフレームワークがある。

個人的に私自身、他人を理解する上でのフレームワークとして、よく活用させて頂いている。

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長くなるが、主要部分を引用する。

後に詳しく説明しますが、人間の本質的な欲求は大きく4種類に分類できます。その4つの欲求には、個人毎に必ず偏りがあります。そこでその偏りに注目し、どの欲求を一番強く持っているかによって、人間を大きく4タイプに分類できるのです。その、4つのタイプとは、
 ・軍人
 ・王様
 ・職人
 ・学者
 の4タイプです。ではこれから、その4タイプを説明しましょう。
・軍人タイプ
 負けず嫌いで、常に勝ち負けや順位にこだわるタイプです。仕事も恋愛も家庭も、すべて他人と比較して、誰に対して勝ち、負けているか、客観的、社会的に見て自分はどれ位のレベルかをいつも計っています。当然レベルがあがることが喜びであり、下がることが悲しみや嫉妬になります。

・王様タイプ
 とにかく、誰よりも注目されたい。ほめられたい。認められたい。かまわれたい。という欲求が強いタイプです。勝負で負けても、「惜しいね」と注目され、慰められさえすれば、あまり気にしません。逆に、無視されたり、ないがしろにされるのが、一番つらく感じるタイプです。
・職人タイプ
 自分の考えている通りに、ものごとをやり遂げることにこだわるタイプです。客観的な成功や完成ではなく、他人の目からはわからない確固たる基準や理想像が自分の中にあって、それに近づく事が喜びとなります。逆に、いくら努力しても近づけないことが悲しみや怒りになります。
・学者タイプ
 ものごとの仕組みや法則を、自分なりに理解・発見・推測することに喜びを感じるタイプです。たとえ勝負で負けても、なぜ負けたか分かれば納得し、他人から嫌われても、なぜ嫌われているか理解する方が大事な事です。逆に成功しても、その理由がわからないと落ちつかないのです。

 

 前回、対角線上に位置するタイプ同士は、お互いに相手の欲求をほとんど持っていないと説明しました。つまり、王様タイプと学者タイプ、軍人タイプと職人タイプは、お互いに、最も理解しにくい者同士なのです。逆に、かなり正確にお互いの本音を推測しあえるのは、当然同じタイプ同士です。但し、同じタイプ同士だから気が合う、と言うわけではありません。むしろ、お互いの欲求が同じ方向に向かっている為に、利益が対立してしまうことの方が多いようです。
 むしろ気が合うのは、隣り合うタイプ同士です。しかも、おもしろいことに、隣あうタイプ同士ではある法則に沿って、自然と「優位・劣位」という関係が発生します。
 「優位、劣位」とは、なんでしょうか。
 ある人に対してなぜか、あこがれを感じたり、近寄りがたい印象を持ったり、その人の言うことについ従ってしまったりする先入観、いわば心理的位置エネルギーの低さを、「相手が自分より優位である」と表現します。同様に、相手を軽んじたり、組し易いと感じたり、かわいく感じたりする心理的位置を、相手が自分より劣位であると表現します。
 この連載での4タイプの場合、職人タイプより王様タイプが優位、王様タイプより軍人タイプが優位、軍人タイプより学者タイプが優位、学者タイプより職人タイプが優位、と右回りに配置されます。お互いがそれぞれ優位にも劣位にもなるジャンケンのような構造なのです。

上記内容を前提に進撃の巨人のメインキャラがどのタイプに属しているか、下記に分類してみた。

 

※なお、岡田斗司夫氏は、進撃の巨人については、ゼミで相当語ってらっしゃるので、当然下記のような分類もすでに実施済みだと思われる。よって、以下の内容は上記のフレームワークを参考に、あくまで私個人の意見として記載させて頂いたという点についてご留意願いたい。

 

 

【各分類】

軍人タイプ(基本欲求:負けるのが嫌!)

  -エレン

  -リヴァイ

学者タイプ(基本欲求:知らないのが嫌!)

  -アルミン

  -エルヴィン

  -諫山先生

 ※「相手を知ること」「話し合うこと」の重要性が進撃の巨人の大きなテーマとして繰り返し出てくるので、作者の諫山先生もこのタイプに分類する。

職人タイプ(基本欲求:できないのが嫌!)

  -ミカサ

王様タイプ(基本欲求:嫌われるのが嫌!)

  -ハンジ

  -ヒストリア

  

上記の関係を見ると、エレンはハンジさんやヒストリアに対して優位であり、アルミンには劣位となる。さらにミカサは対角線上に位置するので、お互いの考えが理解できない

確かにこの配置では、ヒストリアを守りたい庇護対象と見て、ハンジさんのことをどこかで舐めているエレンの態度にも納得がいく。(おそらくアルミンの代わりにエルヴィンが生き延びていたら、エレンはあのような形で仲間を裏切ることはなかったと思う。)

これを踏まえた上で、エレンの行動原理を考えていく。

  • エレンの行動原理

エレンの行動原理は、主に以下の3点で構成されている。

  1. 負けたくない(→他人に弱みを見せたり、頼ったりするのは負け)
  2. 自分の事を特別な人間だと思っていたい
  3. 誰にも頼らずに自分一人で問題を解決できる男だと思いたい

一言でまとめると、自分のプライドを守りたい、だろうか。

主語が大きいとお叱りを受けそうではあるが、これは俗に言う男性の価値観、特に九州男児と呼ばれる男性の価値観に近い

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一本気、逞しい、勇ましい等、ポジティブイメージがある。反面、短気、曖昧、自己中心さらには男尊女卑などネガティブイメージもある。

 

またエレンは、父親のグリシャに比べて、母親のカルラの言うことは聞かないし言われた事もほとんど覚えていない。しかし、喧嘩して帰ってきた時にカルラに言われたこの言葉だけは、エレンの中に深く刻み込まれている。(アニメ50話『叫び』)

「エレン・・・​どんなに相手が悪くても憎らしくてもね 突っかかりゃいいってもんじゃないんだよ! あんたは男だろ?たまには堪えてミカサを守ってみせな」

 

そう。彼はそういう男なのだ。

だから、彼は誰にも頼らないし、誰にも心を開かないし、誰にも相談しない。いや、むしろこう言ったほうがいいかもしれない。

エレンは、誰にも頼れないし、心を開けないし、相談する事ができない男である。

 

  • 諫山先生の出身地は九州:大分県日田市

ここで、作者の諫山先生の出身地が作品に与えた影響について考えてみたい。諫山先生の出身地は皆様御存知のとおり、大分県日田市である。

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私は、過去日田市の隣の中津市にある耶馬渓には何度か行ったことがある。

30年ほど前にはテレビはNHKしか入らなかった。コンビニができたのもここ十数年のことであるとも聞いた。

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このあたりは山深く、街道からも離れているので、まるで山に閉じ込められているようだと思ったのを覚えている。

おそらくこの山に囲まれた環境がパラディ島の壁のイメージになったと推察する。

 

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(……しかし、諫山先生をよく見てみると、心持ちアルミンに似ている。やはり先生自身の投影は、エレンではなくアルミンなのだろう。)

完全な憶測だが、おそらく先生の友人にはエレンのような九州男児がたくさんいたのだろう。諫山先生はそうした九州男児にあこがれつつ、その価値観に強く違和感を抱いていたのではないだろうか。

 

  • なぜエレンは、ミカサとアルミンに事前に計画を相談しなかったのか?

本題に戻る。後半における大きな疑問は、「なぜエレンは、壁外人類を滅ぼすという計画を事前にアルミンやミカサに相談しなかったのか?」という点である。

時間がなかったはずはない。エレンが人類を滅ぼす未来を見たのは、勲章授与式においてである。すくなくとも3年は時間があった。実際にヒストリアやフロッグには計画の真の目的を話している。でも、アルミンやミカサには話さなかった

 

「このままでは俺は地ならしを発動させて世界を滅ぼしてしまう。でもヒストリアも犠牲にしたくない。どうすればいい?アルミン、ミカサ、助けてくれ」と弱音を吐くだけでよかった。

でも、彼はそうしなかった。なぜか?

 

私はその理由を「エレンにとって、アルミンやミカサはストレス」であった為であると考える。

女性で、本来であれば自分より弱く、守られる対象であるべきなのに、自分よりも圧倒的に強く、いつも助けられてばかりのミカサ。

喧嘩が弱く、守るべき対象としてどこか下に見ていたにも関わらず、いつの間にか自分を指揮する立場になったアルミン。

もし、事前に相談し、自分の考えた作戦と目的を話せば、きっとアルミンならばもっと犠牲の少ない素晴らしい作戦を考えるだろう。そして、上官であるリヴァイの指示に従って自分はアルミンが考えた作戦に従って動かざるを得なくなり、またミカサに助けられてしまうだろう。そしておそらく、そのアルミンが考えた作戦は上手くいってしまうだろう。(場合によっては、ほとんど誰も死なせずに巨人の力をこの世から消し去っていた可能性すらある)

だから彼は独断で作戦を敢行し、全員が最早エレンを殺すより他に道はないと決意する状況になってから初めて目的を話し、さらに念入りに記憶まで消した。

 

  • なぜエレンは、計画の真の目的を話した記憶を消したのか?

ミカサとアルミンがエレンによって傷つけられた後にジャンはこう言った。(アニメ75話「天地」)

…奴が正気だとしたらなんの意味もなくそんなことをするとは思えない。何か…そこに奴の真意があるんじゃないか?

私は、この言葉は半分正解で、半分間違っていると思う。

最終回において、エレンはアルミンをボコボコにした理由について、以下のように発言している。この発言にこそ、彼の秘めた本音が隠されている。

…お前たちを突き放すことに必死で…自分でも…ちょっと何やってるんだろうって思いながら…勢いと流れに任せて…本当…悪かった。

 

確かにエレンは二人のことは大好きだが、同時に大きなストレスでもあったのだ。

おそらく、元からアルミンの事を潜在的にストレスに感じていたからこそ、つい、本気でやりすぎてしまったのだろう。

 

だから、事前に二人に弱音を吐き、頼り、相談してしまえば、自分より弱くあるべき二人に”負けて”しまう。エレンにはそれが耐えられなかった。だから彼は記憶を消した。

 

せめて二人には、勝ったまま死にたかったのだ。

 

進撃の巨人のテーマは『お互いに理解し合い、話し合うことの重要性』である。

※ハンジさんが作ったシチューをマーレと調査兵団で囲うシーン、マルコの遺言、アルミンが調査兵団の団長の任命された理由(132話)等から最終回にかけて、このテーマは何度も繰り返して書かれる。

調査兵団団長に求められる資質は理解することをあきらめない姿勢にある

 

しかし、そのテーマに一度も従うことができなかったのが、他ならぬ主人公であるエレン・イェーガーだった。

 

彼は、『自由』でありたいと願い、自由に振る舞うだけの力も得た。しかし、結局彼は、巨人の能力からも己のプライドからも自由になれなかった。

 

彼はひたすら「戦え、戦え」と自分に言い聞かせていた。しかし、本当に彼が戦うべきは、「負けたくない」という己のプライドだった。

彼は、戦う相手を最後まで間違い続けた。

だからこそ、彼は、巨人の能力からも己のプライドからも自由になることができず、孤独に死ぬ羽目になったのだ。

  

エレン・イェーガー、『お互いに理解し合い、話し合うことの重要性』を身を以て示してくれた主人公だった。