鬼舞辻無惨単体がヤバいのではなく、鬼舞辻無惨を含めた平安貴族全体がヤバい人間の集まりだった~『殴り合う貴族たち』繁田信一
鬼滅の刃のラスボスである鬼舞辻無惨は、あまりこのような言い方はしたくはないが、控えめに申し上げて屑である。
短慮かつ感情的な行動が多く、性格も非常に自己中心的。
加えて沸点も低いために不愉快なことがあるとすぐ怒りを露わにし、たとえ(自身が精鋭で組織したはずの)十二鬼月相手であっても、容赦なく理不尽な制裁を加える。
残忍・無慈悲・傲慢
ワンマン!気まぐれ!!傍若無人!!!最凶最悪のブラック上司
臆病
- 自分を治そうと尽力してくれた医師をカッなってうっかり殺害してしまい、1,000年以上、鬼から人に戻れなくなる。
- 主人公炭治郎の一家を小さな子どもに至るまで惨殺し、炭治郎本人に対して、「お前たちは助かったのだからそれでいいだろう」「私に殺されるのは大災に逢ったのと同じだと思え」と言い放つ。
- みんな大好きパワハラ会議
ただ今までは、あくまで平安貴族の中に鬼舞辻無惨というヤバい奴が混じっていたのだと思っていた。ただ、この本を読んで、平安貴族に対する印象が大きく変わった。
もしや、鬼舞辻無惨単体がヤバいのではなく、鬼舞辻無惨を含めた平安貴族全体がヤバい人間の集まりだったのではないか?
本書は、藤原道長と同じ時代に生きた上流貴族で、権力に媚びない『賢人右府』として名高い藤原実資が記した日記『小右記』を中心に解説することで、いかに平安貴族達が破壊と暴力を呼吸するかのような頻度で行っていたかを記す書である。
平安貴族達が、どれほど暴力的な存在であったかを記すには、私が内容について細々語るよりもこの本の目次を見れば十分にわかって頂けると思う。
- 素行の悪い光源氏たち
- 中関白藤原道隆の孫、宮中で蔵人と取っ組み合う
- 粟田関白藤原道兼の子息、従者を殴り殺す
- 御堂関白藤原道長の子息、しばしば強姦に手を貸す
- 右大将藤原道綱、賀茂祭の見物に出て石を投げられる
- 内大臣藤原伊周、花山法皇の従者を殺して生首を持ち去る
- 法興院摂政藤原兼家の嫡流、平安京を破壊する
- 花山法皇、門前の通過を許さず
- 花山法皇の皇女、路上に屍骸を晒す
- 小一条院敦明親王、受領たちを袋叩きにする
- 式部卿宮敦明親王、拉致した受領に暴行を加える
- 三条天皇、宮中にて女房に殴られる
- 内裏女房、上東門院藤原彰子の従者と殴り合う
- 後冷泉天皇の乳母、前夫の後妻の家宅を襲撃する
- 在原業平、宇多天皇を宮中で投げ飛ばす
- 光源氏はどこへ?
……お分かり頂けただろうか?
しかも、平安貴族達はこの目次にあるような暴力行為を自分の手で行うのではなく、決まって従者たちに行わせ、自分たちは高みの見物を決め込んでいたという。
具体的なイメージとしては、源氏物語を基にした『あさきゆめみし』に出てくる貴公子達というよりも『ONE PIECE』の世界貴族に近い。(むしろ尾田先生が、この時代の平安貴族をモデルに世界貴族を書いた気さえする)
基本的にこの本には、語り手の藤原実資以外、まともな人間はいないのかと思えてくる。
しかし、さすがにどんな狂った時代でも一人くらいはまともな人間はいる。
良かった良かった。
気難しい性格であった実資も好色であったようで、『古事談』に以下の逸話が伝わっている。
実資の邸宅であった小野宮第の北対の前によい水の出る井戸があり、付近の下女たちがよく水を汲んでいた。下女の中で気に入った女がいると実資はよく誰もいない部屋に引っ張り込んでいた。そこで頼通が一計を案じ、自邸の侍所の雑仕女の中から美人を選んで水汲みにやらせ、もし実資から引っ張り込まれそうになったら、水桶を捨てて逃げ帰るように命じた。案の定、実資はその雑仕女に手を出そうとしたが、予定通り女は水桶を捨てて逃げ帰った。後日実資が頼通を訪ねて公事について話をした際、頼通が「ところで、先日の侍所の水桶を返していただけないか」と言った所、さすがの実資も赤面し返事ができなかったという。
……まあ、当たり前だ。自分にとって都合が悪いことを自分の日記に残すはずがない。鬼滅の刃とは異なり、この現実世界に完全無欠な善人など早々存在するものではない。
以前、この本を読み、「中世の日本人は本当にたやすく人を殺すんだな……」と戦慄したものだが、考えてみればこの時代よりも数百年も前なのだ。人命の価値が中世よりも更に低いのにも納得である。
鬼舞辻無惨の性格も、こうした平安貴族の水準で見てみると、取り立てて異常なものではない。むしろ正常運転に近い。
もしも、炭治郎君が、この時代の平安京にタイムスリップしたら、貴族達に対して「お前は存在してはいけない生き物だ」と言い放つことだろう。